スタジオ業界を震撼させた1987年版『鬱』の衝撃と、生まれ変わった2021年版『鬱(リミックス&アップデイト)』
1987年発売『鬱』(A Momentary Lapse Of Reason)をデヴィッド・ギルモアとアンディ・ジャクソンがオリジナル・マスター・テープからリミックス&リチャード・ライトとニック・メイスンの演奏も新たに追加、アートワークデザインも新装されアップデイト、全く新たに生まれ変わった『鬱(リミックス&アップデイト)』が10月29日は発売となった。今回、1987年当時『鬱』がいかに日本のスタジオ業界に影響を与えていたか、そして1987年版と新装版との違いを、CD監修者・プログレ専門ライターの片山伸氏に語っていただいた。
【スタジオ業界を震撼させたピンク・フロイド。1987年版『鬱』の衝撃と生まれ変わった2021年版『鬱(リミックス&アップデイト)』】
1987年に登場したピンク・フロイドの『鬱』は、その音のクォリティの高さで当時の音楽業界(スタジオ業界)に大きなセンセーションを巻き起こした。1980年代は音楽業界にデジタルの波が押しよせ、どこのスタジオも旧来のアナログ・マルチトラック・レコーダーからデジタル・マルチトラック・レコーダーへと切り替えを進めていた時期だった。最初に実用化されたのは3M社のDMSという32chマルチトラック・レコーダーで(16bit/50kHz)、続いてソニー社が24chのPCM-3324(16bit/48KHz)を発売してデファクト・スタンダード化した。デジタル・レコーディングは、S/N比の改善(ヒスノイズ低減)、テープの摩耗による音質劣化やトラック間の音の転写がなくなるといったメリットがあったものの、スペック的に見ると現在のデジタル・レコーディング技術よりはるかに低く「音が痩せて聴こえる」と言われ、アーティストやエンジニアたちは日々デジタルとの格闘を続けていた。
衝撃が走ったのは、1987年にピンク・フロイドの『鬱』がリリースされた時で、その音の良さ(ダイナミックレンジの広さ)に皆が驚き、「どうやって録音したのか?」とスタジオ界隈で話題になった(特に顕著だったのが低域のふくよかさ)。エンジニア間のネットワークを通じて漏れ伝わってきたのは、“アナログとデジタルの共存”ということだった。ピンク・フロイドはドラムやベースなど低域をつかさどる楽器をアナログ・レコーダーに録音し、それを三菱社製のデジタル・レコーダー(おそらくX-800)にダビングする、あるいはシンクロナイザーで同期させて同時再生しながらミックスするという手法をとったという。これが80年代末期のスタジオ界隈で大流行し、廃棄寸前だったアナログ・マルチトラック・レコーダー(スチューダーA800など)を現場復帰させたスタジオも多かった。さらにマイケル・ジャクソンが同様の手法でレコーディングしたという話が伝わり、益々ブームに。こうしたデジタルとアナログの葛藤は、ソニー社がオーバー・サンプリング技術を採り入れて音質を劇的に改善させた48chのPCM-3348を発売し、そのレコーダーが各スタジオに行き渡る90年代初頭まで続いた。
今回リリースされたピンク・フロイドの『鬱(Remixed & Updated)』(2019年)は、現在のレコーディング・テクノロジーを駆使して全曲リミックスと再構築(アップデート)されたヴァージョンということで、80年代当時の流行だった深いデジタル・リヴァーブやゲート・リヴァーブ、パキパキに押しつぶされたコンプレッションのようなエフェクティヴな音作りとは異なり、ひとつひとつの楽器の音を丁寧に聴かせるナチュラルで野太いサウンド志向となっていて、まさにピンク・フロイドの音楽が持つ重厚さを見事に再現したと言える。ギルモアのソロ・アルバムとしてはじめられたという『鬱』の方向性が、ようやくピンク・フロイドとしての音楽に着地したような感触を受ける。
アップデートされたのは元メンバーのリック・ライトのハモンド・オルガンがフィーチャーされた3曲目「戦争の犬たち」(ほかに4曲目や5曲目でもオルガンが前面に登場する)や、ニック・メイスンが(本作発表後の)ライヴ・ヴァージョンと同じテイストでドラムを新規に収録した4曲目「理性喪失」(3曲目の後半や5曲目、6曲目、9曲目なども差し替え)などで、さらにデヴィッド・ギルモアがリード・ヴォーカルを差し替えた5曲目「現実との差異」に至るまで、随所で大手術したあとが見受けられるものの、『鬱』としてのイメージを損なうことなく現代のリスナー環境に適したクォリティを保持しているのは「さすが」というしかない。
(文:片山 伸)
ピンク・フロイド『鬱(リミックス&アップデイト)』は1CDと2LP、そして輸入盤のみのCD+Blu-rayとCD+DVDのデラックス・ボックスセットのフォーマットで発売。2LPは高音質ハーフスピード・カッティング、更に音質を向上させるため45回転仕様の2枚組ととしてリリースとなる(初アナログ化)。
パッケージ詳細はこちらの動画で
そして、これまでいくつかのタイトルしか実現していなかった、ピンク・フロイドの名盤カタログの数々の高音質配信が一挙実現。『狂気』『炎』『ザ・ウォール』など名盤の数々が初ハイレゾ化、その他Apple MusicではApple Digital Masterの音質が向上し、Amazon MusicではULTRA HDなど高音質版のデジタル配信もスタートした(一部のアルバムは、臨場感あふれる360 Reality Audioでも配信スタート)。
今回ハイレゾ他新たに高音質配信されたタイトルの一覧はこちらの公式サイトに掲載されている
【プロダクツ概要】
ピンク・フロイド『鬱(リミックス&アップデイト)』
PINK FLOYD/A Momentary Lapse of Reason (Remixed & Updated)
2021年10月29日発売
1CD:SICP-6412 ¥2,750(税込)
(ソフトパック/24ページ・オリジナル・ブックレット+日本版ブックレット/新規解説・歌詞・対訳付)
2LP:SIJP-111~2 ¥6,600(税込) 輸入盤国内仕様 完全生産限定盤
(180g重量盤/ハーフスピード・カッティング45回転盤/ Newデザイン帯付見開きジャケット/24ページ・オリジナル・ブックレット+日本版ブックレット/新規解説・歌詞・対訳付)
収録曲
1 生命の動向 Signs Of Life
2 幻の翼 Learning To Fly
3 戦争の犬たち The Dogs Of War
4 理性喪失 One Slip
5 現実との差異 On The Turning Away
6 空虚なスクリーン Yet Another Movie
7 輪転 Round And Around
8 ニュー・マシーン(Part 1) A New Machine Part 1
9 末梢神経の凍結 Terminal Frost
10 ニュー・マシーン(Part 2) A New Machine Part 2
11 時のない世界 Sorrow
(2LPはSide A: 1~3 / Side B: 4~5 / Side C: 6~10 / Side D:11 )
【輸入盤オンリー】
PINK FLOYD/A Momentary Lapse of Reason (Remixed & Updated)
Deluxe CD+Blu-ray Box/Deluxe CD+DVD Box
2021年10月29日発売
■CD:A Momentary Lapse of Reason (Remixed & Updated) (収録曲は上記と同じ)
■Bonus Material:Blu-ray / DVD (BD VerもDVD Verも収録内容は一緒です)
映像
<ミュージック・ビデオ>
・Learning To Fly 幻の翼
・Album Cover Photo Shoot 1987 1987年のアルバム・ジャケット用撮影
・Learning To Fly (alternate version) 幻の翼(オルタネイト・ヴァージョン)
<Concert screen films (1987) コンサート・スクリーン映像>
・Signs Of Life 生命の動向
・Learning To Fly 幻の翼
・The Dogs Of War 戦争の犬たち
<ドキュメンタリー>
・デヴィッド・ギルモア&ストーム・ソーガソン インタビュー
・『鬱』アルバム・ジャケット撮影について
オーディオ・オンリー
<1987年のアトランタ公演>
・The Dogs Of War 戦争の犬たち
・On The Turning Away 現実との差異
・Run Like Hell ラン・ライク・ヘル
DVD:<『鬱(リミックス&アップデイト)』 – DVD(Surround Sound Audio)>
・Stereo PCM 48/16
・5.1 Dolby Digital 48/16
・5.1 dts 48k/16
Blu-ray:<『鬱(リミックス&アップデイト)』 – Blu-ray(High Resolution Audio)>
・Stereo PCM 96/24
・5.1 dts Master Audio 96/24
・5.1PCM 96/24
【動画情報】
商品パッケージ内容「開封の儀」動画: A Momentary Lapse Of Reason (Remixed & Updated Unboxing Video)
「時のない世界」1987年ヴァージョン VS 2021年リミックス&アップデイト・ヴァージョン比較動画:Pink Floyd - Sorrow (A Momentary Lapse Of Reason) [Original Vs Restored]
「幻の翼」(360RA VIDEO):“Learning to Fly (2019 Remix)” 360 Reality Audio version